| 理事長メッセージ |

「ところであんた、仁徳天皇のかまどの話って知ってるか?」 「え、ええ…」 「その昔、仁徳天皇のころ、どの家のかまどからも煙が立ち上がらないほど、つまりその日に食べる食料すらなくなるほど、人々は飢えに苦しんでいた。そんな民の生活を仁徳天皇はえらく嘆いて、向う3年間租税を取り止めて、さまざまな政策を施し、食料の生産高をあげることに専念した。そうやって3年後にようやく、どの家からも食事をつくるかまどから煙が立ち昇ったという昔話だ。」
先月、50周年記念式典の件である先輩のところへお伺いした際、七夕の話で盛り上がった。その先輩はもう長いこと中心商店街で商売をされているのだが、昨今の七夕まつりのあり方についての持論を熱く展開された。そのきっかけは、ぼくが今年JCの理事長として、七夕まつり実行委員会に出向していて、「こんなにも多額の税金が投入されているとは知りませんでした」と言ったことからだった。
昭和25年7月、耐乏生活の困窮を極める市民をここらで元気づけようと、当時の柿沢篤太郎平塚市長は、見附台公園にて復興祭を開催した。豊富な品を安く販売しサーカスや演芸を催すなか、近隣からの多くの人出もあり、市民こぞってこの3日間を賑やかに、そして晴れやかに過ごした。この復興際が、翌昭和26年から第1回七夕まつりとなり、今年で59回目の開催となる。
「いいか、そもそも七夕まつりは、商店街の活性や商業繁栄を目的として開催されてきたんだ。それがいつしか観光目的となり、露天商と観光客は増えたが、地元の商店会にとっては負担以外の何物でもない。多額の税金が投入されたって、地域経済の活性なんかにちっともなっていない。だったら、仁徳天皇のかまどの話じゃないが、七夕は3年から5年に一回の開催にして、多額の税金をもっと地域経済のために使えって、俺はずっと言い続けてきている」とその先輩の熱弁はとどまるところを知らない。
その先輩に限らず、儲かるのは露天商だけで地域経済の活性に繋がっていない、という見方は多い。実際、豪華な竹飾りで特選を何十年も取り続けている別の先輩にしても、「竹飾りの費用にウン百万円かけても、売上が増えるということは全くない」という。「でも、こうしてわざわざ遠くから大勢来ていただくのだから…」と別の先輩は付け加えるのを忘れなかった。
「平塚といえば、七夕」と言われるくらい、七夕まつりは全国区で誇れる大きな財産である。なにしろ、期間中の来場者は300万人とも言われているのだから。そんな平塚の大きな誇りと財産を、負担だからというだけで簡単に止められるものでもない。来年で60周年という大きな節目を迎えるにあたり、全国七夕サミットが平塚で開催され、今後の七夕のあり方について各地の自治体と議論する場が持たれる、という。当然、JCもその場に居合わせることとなるだろう。歴史ある大切なものについて、変えるべきところは変えていき、残すべきところは次世代に伝えていく。そのために交わさねばならない議論があることは、七夕もJCも同じなのではないだろうか。
2009年 7月 社団法人平塚青年会議所 第51代理事長 加川 淳
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| 例会案内 |


開催日:2009年6月26日(金) 例会開始時間:16:00
50周年式典、交流会
受付開始 17:00〜18:00 記念式典 18:00〜19:30 歓談時間 19:30〜20:00 交流会 20:00〜21:0
【実施場所】 ホテル サンライフガーデン
受付場所:正面入り口 2階 記念式典会場:5階 江陽の間 (シアター形式により 400席) 交流会 会場:5階 江陽の間 (立食形式により400人)
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| ぷちひらつか2009 |

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| サマーコンファレンス2009 |
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